SSブログ

早起きは三文の徳

 休日に早起きすると気持ちがいい。

 早起きは三文の徳というが、本当にその通りである。有効に時間を活用できる。平日は、仕事が忙しくて、ほぼほぼ、テレビを観るということが出来ない。その撮りためた番組を観ながら過ごしたり、中島らもやさくらももこのエッセイを読んだりしている。

 そして、エッセイの書下ろしをしたりしている。本当に、有意義な時間を過ごせる。やはり、早朝は何をするにしても気持ちがいい。何もかもが新鮮に見えるので、見慣れた風景も違った感じで映る。

 そういうこともあったりすれば、また、人とは違った観点で物事を見られる。そうやって、違った観点からエッセイを書けば、面白い作品が出来たりする。物事がうまくいき、相乗効果で、次から次へと面白いアイデアが浮かぶ。

 まるで、アイデアが手からあふれ出すかのようになるのだ。そうやって、一人の時間を大事にしていきたいものである。今後は、バイクを購入するので、早朝で晴れた時間帯を走りたいものだ。

 それを、すると気持ちがいいものだと心の底から思えるだろう。今から、バイクの到着を待ちわびている。あと、2週間で手元に届くので、もう少し待たなければならない。まぁ、バイクが手元に届くのは時間の問題である。

 休日だからと言って、いつもより、遅く起きるのは、個人的には好きではない。時間が勿体ない。逆に、いつもより早く起きるのをお勧めする。そうすれば、違った観点から物事を見られて、発想が柔軟になる。

 やはり、クリエイティブなことを生業としていたいのならば、早寝早起きが必須だ。早朝に書くエッセイは、とても新鮮であり、刺激的なものだ。これからも、休日には早起きをして、言葉を紡いでいきたい。

 何かしら、創造をする者にとって、いつまでも寝ていては素晴らしい作品は出来ない。出来るだけ、規則正しい生活を送ることが大事である。だから、僕は出来るだけ、平日と同じように朝を迎えるのだ。

 一見、何の変哲もない日々を過ごしているかと思われるだろうが、決して、そうではない。規則正しい生活を送ることによって、日頃から感じていることから、違った観点で物事を見られると思う。そういう感性を大事にしていきたい。それは、良い作品を提供できるようにしていきたいものだ。

nice!(0)  コメント(0) 

目標を立てて

 やっと夜勤が終わった。

 今週は、転職してから初めて、出勤前に手が震えてしまった。理由は、至極簡単だ。仕事に行きたくないという思いがこういった状態になったのだ。やはり、この歳で夜勤は辛いものがある。

 それに加えて、派遣社員として、このまま終わるのかと思ったら、絶望的な気持ちになる。この際、運送業へと転職をしようと思っている。その面接が今日である。夜勤明けでしんどいけれども、これも、転職をするためだと思えば楽になる。

 トラックに乗るのは、初めてじゃないけれども、公道を走ったことがない。というのも、加古川の神戸製鋼所内で4トントラックを運転したことがあるということだ。それでも、限りなく公道に近いものがある。

 さて、休日は、今、働いている会社よりかは少ない。しかし、現状は休日出勤が当たり前なので、トータルすると休日は一緒くらいになる。今の仕事をするのは嫌いではないけれども、今後のことを考えると、やはり、転職をしようと決意している。

 どんなルートを走るのかは分からないけれども、毎日、同じ景色を見る工場内での作業とは違い、走りながら景色を楽しめるということを考えると、嬉しいものがある。それに、バイクでの通勤なので、毎日、バイクに乗れて楽しめる。

 そして、運転に慣れてくれば、スポーツジムに通うと決めている。ちょうど、自宅近くにスポーツジムがあるので、そこで運動をしていきたいと考えている。中年太りなので、引き締まった身体になりたいので、頑張ってやっていきたい。

 何かしら、目標があると、僕は頑張ることが出来るので、これからは、常に、目標を立てていきたい。今年の10月にはエッセイ集を販売するので、それに向けて、エッセイの書下ろしをしていきたい。

nice!(0)  コメント(0) 

もう一度恋をしてみたい

 もう一度恋をしてみたい。

 48歳になって、これから先のことを考えると、やはり、一人では寂しい。とは言っても、出会いの場がないのだ。婚活パーティーに行くのも億劫だし、結婚相談所に行くのもはばかれる。何しろ、派遣社員なので、給料も高々しれている。

 何とか、この状況を打破したいと考えている。まぁ、一人暮らしにも慣れてはいる。今更、恋人と同棲をしたとしても、自分なりのペースで物事は運ばないだろう。こうして、エッセイを書いたり、イラストを描いたりする時間を持てないだろうと思う。

 自分なりのペースを保ちながら、お互いに干渉することなくやっていければとも考えたりもしている。それに加えて、僕は躁鬱病を患っているので、この病気に対して、理解のある女性が果たしているのだろうかと考えたりもしたりする。

 そんなことを考えると、恋愛に対して、少しだけ臆病になってしまう。今更、再婚をしようとは思わないが、恋人と呼べる存在がいてくれればうれしいとも思ったりもする。しかし、こうやって言うと、僕は非常にわがままだと思われるだろう。

 確かに、僕の言うことはわがままにすぎない。それでも、構わないという女性が現れたら、恋人として付き合っていくだろう。そんな女性がいるかどうかは未知数である。やはり、結婚相談所に行くべきかどうかを考えてしまう。

 もっと、視野を広げてみれば、日本人だけではなく、外国人との付き合いもアリかなとも思ったりもする。ただ、そういった出会いというのは皆無に等しい。ただ、これからは、バイクも購入するし、行動範囲が広がるので、そこから出会いがあるのかもしれない。

 まずは、恋人として付き合えるような環境を作らないといけない。それをしないことには、恋人が欲しいと思っても付き合いたいと思っても無理だ。もう一度恋をしたいという思いは儚いものである。

 今後は、恋人を作れるような環境を作っていきながら、お互いの短所を受け入れられるようなことをしていきたいと思う。

nice!(0)  コメント(0) 

苦しい時は泣いたっていい

 苦しい時には泣いたっていい。

 というのも、涙を流すことによって、自浄作用があるからだ。色々と考えすぎて、行動に制限がかかってしまう。いったん、頭の中をリセットする必要がある。そうすることによって、あまり、深く考えないようになる。

 そして、徐々に、マイナスの思考から抜け出すことが出来る。ドキュメンタリーを観たりすることが大事なのである。参っているときに、笑えるような番組を観たら、どこか、自分が疎外されているようになるので、僕の場合は、泣ける番組を観ている。

 決して、僕は器用ではない。不器用なりに頑張って生きていきたいと思っている。だから、苦しい時に出会ったら、僕はどうすればいいのかということを見失うときがある。自分が、今、どんな状態になっているのかを把握することが出来ない。

 本来の自分と、苦しい時の自分とでは、上手く他者と距離感が把握できない。そのために、必要なのは、自分自身の感情を正確にとらえることである。それが出来れば、ある程度、自分自身をコントロールすることが出来る。

 いかにして、自分自身の状態を把握することが必要不可欠である。それが、出来なければ、自分自身を見失うことになる。そうなれば、人生が味気のないものになる。だからこそ、自分自身を取り戻すために、涙を流すことが重要だ。

 そんなことを考えて、自分の感情を吐露することは、とても必要なことだと気づかされる。これから先、自分自身を見失いそうになる時があれば、涙を流して乗り切りたいと思う。

nice!(0)  コメント(0) 

鼓舞していく

 仕事に行こうとすると手が震える。

 それに加えて、気分も悪くなり、仕事に行くことが億劫になってしまう。久しぶりに、そういった感覚を抱いてしまう。典型的なうつ状態である。だから、今朝、慌てて行きつけの心療内科に行った。

 睡眠のリズムが狂っているので、そんな状態になるとのことである。そして、精神安定剤を処方してもらった。とりあえずは、今日は休み、明日から仕事に行くことになった。休んでいても、精神的に焦りを覚えてしまう。

 早く、仕事に行かなきゃと思ってしまう。せめて、今日だけはゆっくりと過ごしていきたいと思う。どんな状態でも、仕事に行けるような強さが欲しい。躁鬱病だからと言って、病気を理由に休むことのないようにしていたが、今回のような出来事があると、ついつい弱さが頭をもたげる。

 人から、頑張れと言われると、辛いものがある。しかし、自分自身に対して、休まずに仕事へ行けるように頑張れと鼓舞していく。そして、病気に打ち勝つようにしていきたい。

nice!(0)  コメント(0) 

弱音を吐かないように

 もう、夜勤には疲れた。

 正直な気持ちとしては、仕事に行きたくないというのが本音である。そうは言っても、行かないと生活が出来ない。ちょっとしたことで落ち込んだりしたりしている。こういった細かいことが積み重なっていき、うつ状態が続く。

 まぁ、こういった時には、好きなことをして、ガス抜きをしないといけない。今は、エッセイを書いたり、イラストを描いたりしている。頭の中を空っぽにして、目の前にあることを全力でやることによって、気分転換を図ることが大事だ。

 そうすることによって、上手くガス抜きが出来れば、重篤な状態から抜け出すことが出来る。一歩ずつ遅くてもゆっくりでもいいから歩んでいき、本来の自分を取り戻していく。すぐには、今の精神状態を変えることは難しい。

 それでも、前を向いてやっていきたい。うつ病の人に対して頑張れというのは、御法度である。しかし、自分自身に対して、はっぱをかけるために、頑張っていきたいと考えている。

 自分自身に対して、もっと厳しくやっていきたいと思っている。自分の中にある、甘さを取り除かないと前には進めない。肩の力を抜いていきたい。そして、自分自身の弱さと対峙していき、そこから抜け出すことをしていきたい。

 病気を言い訳にするのはたやすい。しかし、そういったことをしないと固く心に誓ったので、いくらうつ状態になったとしても、それを笑い飛ばすくらいの気持ちを抱かないといけない。

 朝から、こんな暗いことを書くのは恐縮ではある。それでも、正直な気持ちを吐露することによって、ガス抜きが出来るので書いている。これを読んで不快な気持ちを抱かせたならば、申し訳ない。

 まるで、胃のあたりに鉛があるかのような感覚を抱く。こういったように、弱音を吐かないようにしていきたい。さて、今日も一日頑張って行きたいと思う。やらなければならないことは、やらないといけないので。

nice!(0)  コメント(0) 

後ろ姿

 昨日は、久しぶりに別れた妻と息子と食事をした。

 楽しい時間を過ごせたと思う。真っすぐに成長した息子を見て、母親である別れた妻に対して、ここまで、育ててくれてありがとうという気持ちを素直に伝えた。別れた妻から聞いたのは、息子が沢山の人に支えられて育ったということだ。

 僕は、息子に対して何もしてあげられなかったので、多少、後ろめたさを感じている。それでも、素直に育ってくれたので、有難いことである。無事に大学も合格したので、本当に親孝行な息子である。

 僕としては、彼が20歳になれば、一緒に、節目を迎えることが出来れば嬉しい限りである。あとは、彼が大学時代を有意義に過ごせてもらいたいものである。僕は、見守る限りである。

 彼が成長していく姿を見て、僕は、彼に負けないようにしていきたい。是が非でも、プロのエッセイストとして活躍して後ろ姿を見せられるようになればと思っている。

nice!(0)  コメント(0) 

雨男や晴れ男と珍しいこと

 雨男や晴れ男といったことを平気で言う奴は信用できない。

 じゃあ、雨男と晴れ男が一緒にいれば、天候はどうなるのだろうか?まさか、モーゼの十戒のように、海が割れて歩けるようになるかのように、片方が雨で、片方が晴れるといったようになるのか。そんなことはないだろう。

 はたまた、狐の嫁入りみたいに、晴れているのに雨が降るというのだろうか?そんな馬鹿なことを真剣に考える僕もどうかとは思うが、それでも、本当にどうなるのだろうか?たまたま、大事な時に限って、雨や晴れが多いというだけのことだろう。

 基本的には、雨男や晴れ男がいるのならば、一年中、雨や晴れになってしまう。そういったことを考えると、それは、確率の問題であるということが浮き彫りになる。百歩譲ったとしても、雨男や晴れ男がいるとしよう。

 それならば、ビックフッドや雪女が存在してもおかしくない。それほど、珍しくて空想上の生き物がいるということだ。それが、雨男や晴れ男という存在も、珍しいものと言える。

 珍しいと言えば、今日は、久しぶりに別れた妻と息子と一緒に食事をする。3人で会うのは、思い出すのも難しいくらい何年もの時が流れた。今年、息子は大学受験だったので、無事に大学が決まったので、息子以上に僕は喜んでいる。

 父親らしいことは出来ていない。ここまで、育ててくれたのは、母親である別れた妻の役割が大きい。うつ病になって働けなくなり、分譲マンションのローンが払えず、離婚となった。

 最初は、息子を育てるのは僕しかないと思っていた。しかし、当時の僕では、息子を育てるというのは非常に難しかった。なので、苦渋の決断ではあるが、別れた妻に息子を育ててもらうということを選択したのである。

 最近は、息子も成長しているので、月に1度、食事をすることになった。そして、去年の3月を最後に、食事は行っていない。理由としては、大学受験の邪魔をしたくなかった。週に1度は電話で話をしていたけれど、去年の10月くらいから、勉強の邪魔になるので、電話も控えていた。

 今日、3人で食事をするので、別れた妻には、ここまで息子を育ててくれてありがとうという感謝の念を伝えようと思う。これからは、少しでも息子に対して、援助出来るようにしていきたいと考えている。

nice!(0)  コメント(0) 

自然淘汰されないように

 毎日、何かしらのイラストを描いている。

 趣味でやっているものの、自分らしさを前面に出そうと心がけている。それは、如何にしてシュールな笑いを表現できるのかということである。それでも、まずは、自分自身が楽しみながら描けているのかを重点している。

 そして、いいね!を一つでも多くもらえるようにしている。一つでも多くもらえると、次に描くときのモチベーションがアップするから。一つ一つの課題をクリアしていきながら、描いていきたいと考えている。

 もちろん、エッセイも一人でも多くの人に読んでもらえることが重要な要素となり得る。こちらも、シュールな笑いを表現できるように心がけて書いている。たまには、そこそこの出来栄えになるときはあるけれども、それがなければ、クォリティーが高い作品が書けた時に、より一層光るのである。

 もちろん、コンスタントに、面白いものを提供することがプロの最低条件だ。それを、目指しながら、今後は書いていきたいと思う。そうしなければ、いつまでたっても、今のままで成長はしないから。

 プロでも、面白くない作品はあるけれども、そういった人たちは自然と淘汰されていくのが運命である。僕は、そうことのないようにしていきたい。これから先、プロのエッセイストとして第一線で活躍できるようにしていきたい。

nice!(0)  コメント(0) 

プロ意識

 誰だって人生の中で大きな決断をするときがある。

 あの、孤高の天才であるイチロー選手の引退を見届けた。やはり、どんなに自分が熱望していた目標に対して、達成できなかった彼の心情を考えると、暑い思いがこみ上げるのを抑えきれないものがあった。

 僕がイチロー選手を注目したいたのは、ちょうど、彼が200本安打を打つ前から、この選手はとんでもないものだと思っていた。それから、彼の活躍をしていくのは、敢えて、ここで書く必要もないだろう。

 彼が、人知れず努力を重ねていたエピソードは枚挙にいとまがない。そうやって、天才が努力をすれば、これだけの活躍をするということを教えてもらった。僕は、彼のような天性の才能はない。

 しかし、それでも、自分が好きな分野で活躍をする問うことに関して、それ相応の努力をしないと、他人よりも秀でることは出来ないということを、彼の後ろ姿から学んだのである。

 言い訳ばかりをしていた僕には、到底、真似できないものがあった。それで、僕は、自分自身に、言い訳をすることを封印した。そうすることによって、今以上の高みを目指せるのだから。

 この前も、僕と同じように精神的疾患を抱えている人から、どうやったら、それだけ頑張れるのですかと聞かれた。それで、僕は、厳しいけれど現実を知ってもらうのには、言い訳をしないということを伝えた。

 それを、聞いた人は、僕には出来ないという趣旨のことを言っていたので、僕は、それ以上のことを言えない。何故、僕には出来ないということをサラッと言えるのかということが出来るのだろう。

 その人には、悪いけれども、そういった思考ではいつまでたっても、その環境から抜け出して、社会に出ることは難しいだろう。あくまで、個人的な見解ではある。しかし、そういった甘いことを言っている限りでは、社会には出られない。

 僕でも、嫌なことはある。ただ、それを糧にして生きている。今以上の環境を作りたいと思っている。プロのエッセイストになり、第一線で活躍したいと考えている。だから、多少の苦労ならば、僕は喜んでその道を進む。

 そんな、甘ちょろい考えだと、それ以上の活躍は望めない。一生、病気のことを言い訳にして生きていけばいいのである。僕は、そんな生き方は嫌なので、そういった思考を捨て去り、生きている。

 そりゃ、健常者だって、しんどい時にはしんどい。僕は、マイナスからのスタートであるから、人並み以上の努力をしないといけない。しんどい時に、しんどいからと言って、会社を休んでいては、生活は成り立たない。

 そんな事実を知っているから、今は、どれだけ、自分自身の強さを引き出すことを考えている。そんなプロ意識を教えてくれたのは、やはり、イチロー選手からである。僕と彼とでは、おかれている立場は違えど、プロ意識とは何なのかを教えてくれたのだから。

 これからは、プロ意識を高く持っていきたい。そうすることによって、また、違った景色が見えるのだろうから。

nice!(0)  コメント(0) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。